堺と鉄の深い関係『黒姫山古墳&M・Cみはら』
歴史的に、堺は様々な文化や技術の発祥の地、中心地でした。
中世、鋳物においてもまた堺は中心地であり、
『河内鋳物師(かわちいもじ)』と呼ばれる最先端の技術者達が
現在の美原区界隈で活躍していたのだそうです。
美原区内にある古墳『黒姫山(くろひめやま)古墳』からは
たくさんの鉄製甲冑(かっちゅう=よろい)が出土しています。
先日、黒姫山古墳とその出土品が展示されている
『みはら歴史博物館(愛称=M・Cみはら)』に行ってきました。
▲1957年、国の史跡に指定されました
全長114mの前方後円墳
実は個性的な歴史の証人
黒姫山古墳はちょっと変わった古墳のようです。
まず一点目は、皇族の墳墓ではなく、
この地を治めた豪族『丹比(たじひ)氏』が葬られているということです。
地理的にも、
羽曳野市・藤井寺市にまたがる『古市(ふるいち)古墳群』のほぼ中間にぽつんと存在しています。
そしてもう一つは、24人分もの甲冑をはじめとする様々な鉄製品が石室から出土した点です。
製鉄職人『河内鋳物師』の拠点らしく武具や武器など大量の鉄製品が発見され、
当時は大変話題になったのだとか。
実際に訪れてみると、堀の向こうは木がこんもりと茂っているだけで、
案内板がないとそれと気づかないかもしれません。
無数の鳥が思い思いに鳴いていて、「これじゃ丹比氏もゆっくり眠れないな......」なんて思いました。
▲周囲を1周すると徒歩10分ほどでした
周囲は整備され、散歩すると気持ち良さそうな公園になっていました。
『カタチ造りの達人』がコンセプト
出土した鋳型や鋳造遺構も展示
古墳から阪和自動車道沿いに北東へ200メートルほど行くと『M・Cみはら』に到着しました。
黒姫山古墳の出土品を主な展示物とした歴史博物館と、文化・芸術交流できるホールとの複合施設です。
平面と曲面を使い分け、どことなく前方後円墳をイメージする外観でした。
▲『ミュージアム』のMと『コミュニティホール』のCだそう
『河内鋳物師』は美原区を拠点に活躍した中世の鋳造技術者のことで、
溶かした金属を鋳型に流し込み、様々な鋳造製品を製作した職人達のこと。
よろいかぶとのほか古くは梵鐘や大仏の鋳造、後には刃物や鉄砲の製作と、歴史に深く関わってきました。
歴史博物館では、そんな彼らの残した甲冑や鍋のほか、
その製造に使われた鋳型なども展示されていました。
古墳からの出土品としては埴輪も展示されており、その一部には実際に触れることができました。
実際に製品やその鋳型を見ることで、鍋から梵鐘、
甲冑までを自在に製作した河内鋳物師のすばらしさを改めて感じることができました。
黒姫山古墳
住所:
最寄り停:南海バス『下黒山西』(徒歩5分)
市立みはら歴史博物館(M・Cみはら)
住所:
最寄り停:近鉄バス『黒姫山古墳前』(徒歩すぐ)
電話:072-362-2736
開館時間:9:30~17:15(入場16:30)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、祝日の翌日(休日の場合は開館)、年末年始
観覧料:200円(一般)
日時: 2010年2月26日 19:14 | パーマリンク


